2024年3月のことば

一々の光明は あまねく十方世界を照らし 念仏の衆生を 摂取して捨てたまはず

●仏の水かき


仏像には水かきがあるって、ご存じですか?
上の写真はネットから拝借したものですが、指の間に膜のようなものがあるのがわかります。ある程度大きい仏像でないと表現できないし、大きい仏像は間近で見る機会が少ないので、知らない人も多いでしょう。

仏に水かきがあるのは、削り忘れたのではありません。速く泳ぐためでもありません。水かきがあれば手ですくった水が漏れません。それと同じように、もれなく人々を救い尽くしたいという慈悲の心が形となっているのです。

仏には貴人としての身体的な特徴が、大きなものが32、小さなものが80もあるそうです。水かきは32の大きな特徴のひとつで、正式には『手足指縵網相』(しゅそくしまんもうそう・・・舌を噛みそう!)といいます。

「仏になりたい」と誓いをたてて修行する人を「菩薩」といいます。阿弥陀如来も、覚りをひらいて仏となる前には法蔵という名の菩薩として修行しました。仏になる道は果てしなく、何度も生き死にを繰り返しながら、気の遠くなるような長い時間をかけて修行を続けます。その最終段階になると、このような身体的特徴があらわれてくるのだそうです。

●純孝の子、不請の友

菩薩は生き死にを繰り返しながら、底辺で苦しんでいる人々を救います。どのようにするのでしょうか? 上に立って教え導くのではありません。下から敬いあがめることで仏法に目覚めさせていくのです。
まるで子どもが親に孝行を尽くすように(純孝の子)。
頼まれなくても心の中を察して助けてくれる友のように(不請の友)。

先ほど「底辺で苦しんでいる人々」と書きましたが、これは経済的、社会的な尺度での底辺ではありません。仏法から遠いことです。私たちはどうでしょうか。幸いなことに身近にお寺があり、仏法に恵まれているように思えます。だからといって、欲望や怒りや不安のない、穏やかな日々が送れているでしょうか。私たちは、仏法を身近に置きながらもそれを大事にせず、むしろ背を向けています。苦しんでいることに気づかず、むしろ苦しみを選んで生きているのです。

●分別してはいけない?
「分別」とはいろんな意味のある言葉です。よく使うのは「ぶんべつ」と読んで、ごみを種類別に分けること。「ふんべつ」と読めば常識的な判断のこと。逆に無分別(むふんべつ)は非常識で思慮のないことです。

この「分別」(ふんべつ)を仏教では、「言葉や考えによって勝手にこしらえ出した妄想」という意味で使います。エラい違いですね。私たちは仕分けをするのが得意です。そんなことない、仕分けは苦手だ! という人も、仕分けをせずにいられない。どういうことでしょうか。

分かりやすい例でいえば「自分と他人」です。能登半島の地震では多くの命が失われました。今も苦しんでいる人がたくさんいます。誰しもそのことに同情するのですが、心の奥底で「香川県は無事でよかった」と思っていないでしょうか。あわてて無慈悲な思いを恥じるのですが、ボランティアで現地に行っても、義援金を送ってもその思いが消えることはありません。私たちは自分を中心として人間関係を仕分けして、優先順位のラベルを貼るのです。ですから特別な関係でもなければ、遠い人のことはどうしても自分のこととして捉えられないのです。

家族もそうです。卑近な話で恐縮ですが、私の息子は私の箸で食べ物を取り分けると嫌がります。でも私の妻の箸ならOKなんだそうです。ちょっと悲しいことですが、そういう私も自分の父親の箸がついた食べ残しは口に入れたくない。子どもならOK、親ならNG、我ながら勝手なものです。そういえば少し前、オヤジの下着と一緒に洗濯してほしくないという若い女性の意見が話題になりました。

「正しい」「間違い」という、とても危険なラベルもあります。これはよく他人のラベルと衝突します。やっかいなのは、貼った本人が自分を中心に貼っていることに気づいていないことです。さらには他人のラベルの上から自分のラベルを貼りなおして、意見を通そうとします。そして苦しみが生じるのですね。

●摂取不捨のこころ
皆さんは自分の心が貼ったラベルをどう思いますか? 人間だから当たり前だと思う人は、実は苦しんでいることに気づいていないだけなのかもしれません。静かに進行する病のように。

阿弥陀如来の慈悲は「摂取不捨」だといいます。おさめとって捨てることがない、ということです。冒頭で書いた仏の水かきです。

親鸞聖人はこの「摂取」について、「ひとたびとりて永く捨てぬなり。ものの逃ぐるを追わえとるなり」と読み解かれました。分別のラベルに迷いながら、苦しみながら、それでも剝がすことができないと、仏の呼び声に背を向ける私たちです。それを追いかけ、ひしと抱きとめる如来の姿に、純孝の子、不請の友が重なります。