2023年3月のことば

しいときには空を見る   空はわたしの母なのよ つらいときには空を見る 空はわたしの母なのよ うれしいときには空を見る 空はわたしの母なのよ 空はわたしをじっと見る 空はわたしの母なのよ

沈む夕日を眺めると
3月21日は春分の日です。春分・秋分の日は、太陽が真東から昇って真西に沈みます。子供のころ夕日を眺めていると、厚みのある円盤に見えて、「オセロの石みたいだなぁ」と思ったことがありました。大人になってそんなことは忘れてしまっていたのですが、お坊さんになりお経を読んでいると、こんな条(くだり)があることを知りました。

夕日がまさに沈もうとして、西の空に太鼓が
浮かんでいるようになっているのを見るがよい

びっくりしました。『観無量寿経』の中で釈尊は極楽浄土や阿弥陀仏を想い描くための瞑想法を説明しますが、その第一段階として出てくるのがこの「日想観」なのです。

「オセロの石と太鼓」では、モノは違いますが形状は同じ。お経に説かれている情景に子供のころの記憶が呼び起されるとは、思っていもみませんでした。そう言えば、夕日を眺めた時はバスの中で他にすることもなく、無心になっていました。お経を編纂した人も同じ体験をしたんですね。皆さんも夕日が太鼓に見えたことがありますか?

お彼岸
春分の日を中心に7日間を彼岸と言います。しかし彼岸という言葉は、本来は迷いの世界(こちらの岸・此岸)に対する、悟りの世界(あちらの岸・彼岸)を指す仏教用語です。全く別のものがどうして結びついたのでしょうか。

夕日が沈む西の空は、この世で終わった命の往き先を感じさせます。それは仏教では西方極楽浄土の阿弥陀仏信仰になりました。命終えれば阿弥陀仏の御許(みもと)に往生できるという教えによって、人々は救われました。

浄土思想は中国から日本に入ってきます。一説によると、日本には古来から春分・秋分に豊作を祈る「日願:ひがん」という行事があったそうで、春分・秋分→日願→ひがん→彼岸→仏教行事とリンクしていったのだと言われています。
 しかしそうでなくても、萌ゆる春、実りの秋は命というものを感じさせる特別な季節です。彼岸の時期に真西に沈む夕日を見て亡き人を想うことが、阿弥陀仏による悟りの世界(彼岸)を願う宗教行為に結びつくのは、豊かな四季に恵まれた日本人にとって自然なことだったに違いありません。

悲しいときには空を見る  空はわたしの母なのよ
つらいときには空を見る  空はわたしの母なのよ
うれしいときには空を見る 空はわたしの母なのよ
空はわたしをじっと見る  空はわたしの母なのよ
                   作者不明

この詩はまさにそういった想いをあらわしています。ふと空を見上げると、大空の彼方に亡き母がいて、「わたし」とつながっているような気がする。母が遠くで聞いてくれているような気がする。

そして「わたし」は気づきます。あの空は、私が見ていない時でも、いつも私を見つめている。母もまさにそうであった。こちらから話しかけなくても、いつも私のことを気にかける母であった、そのことが懐かしく思い出されるのです。

このように感じると、正信偈の一節が思い出されます。

煩悩障眼雖不見 (まどいの眼には見えねども)
大悲無倦常照我 (ほとけは常に照らします)
                『正信偈』

いつも見守ってくれる、それは仏のまなざしです。その視線に気づいたとき、命がより尊く感じられるのでしょう。

最後に
コロナも4年目に突入しました。5月には第5類へ移行するそうで、新たな段階に入ります。しかしこの3年間、病院での面会が制限されたために、きちんとお別れできなかったという話をたくさん聞きました。大切な人の死を実感できず、漠然とした喪失感が続く悲しみは、察するだけで辛いものがあります。

この悲しみを消すことはできないけれど、悲しみの中に、少しずつ「ありがとう」の暖かい色が混ざっていくことを願います。仏法はその大きな助けとなるに違いありません。

彼岸は命というものに再び向き合う良い機会です。亡くなった命、私の命、そして次世代の命について、お仏壇・お墓・そしてお寺に参って、思いを巡らせてみませんか。