たくさんの人との出会いを通して私たちの人生は豊かになります。その大切な人とも、いつかは別れの時が訪れます。仏教でいう四苦八苦のひとつである「愛別離苦」、愛しい人と別れ、離れることの苦しみは、残念ながら避けることはできません。そんなことは誰でもわかっているのですが、いざその時になると、心が乱れずにいられません。
親鸞聖人も、師である法然上人との別離の際に
会者定離 ありとはかねて 聞きしかど
昨日今日とは 思わざりけり
と歌を詠んだそうです。
中でも死別は最も悲しく、傷が癒えるまでは泣くしかありません。しかし月日が経って受け入れられるようになると、在りし日の姿を思い起こして、心の中で亡き人と対話します。そして大切なことを思い返すことでしょう。それが今後の生きる指針となる、別れによって人生が深くなるということだと思います。故人からいただいたものが豊かであるほど、別れによる深まりもそれだけ大きくなるのではないでしょうか。
話は変わりますが、東日本大震災の津波で行方不明になっていた山根捺星ちゃん(当時6歳)の遺骨が、先日14年ぶりに家族のもとに帰ってきました。捜索の手を尽くしても見つからず死亡届は既に提出しており、あきらめていただけに家族にとってうれしい出来事でした。
母親は「欠けていたパーツがはまったような、止まっていた時計がまた動き出したように感じています。」と話しています。あきらめてはいたものの、実感がわかずにずっと苦しんでいたのでしょう。遺骨の持つ意味をしみじみと感じたことでした。


