2026年2月のことば

決断しないことは、時として間違った行動よりもタチが悪い。

「もう少し様子を見よう」と思っているうちに、とんでもないことになってしまったことはありませんか?
重大な決断は勇気がいるので誰もが先送りにしたいものです。明日になれば、ひょっとすれば状況が好転して、もっと良い選択肢が選べるかもしれません。でもそんなラッキーなことがあれば、「決めなくて良かった!」と安堵し、以後も先送りにしてしまうでしょうね。
私たちは成功体験に弱いのです。初めてのギャンブルで勝ってしまうといくら負けてもやめられなくなるように。

もともと人間は「不作為バイアス」といって、失敗よりも不作為(何もしないこと)を選ぶ傾向にあるのだそうです。また、失敗は周囲に迷惑をかけるので、迷惑を嫌う日本人は失敗に寛容でないと言われます。だから日本人は決断を先送りする傾向が強いのかもしれません。

しかし決断しないということは、責任を放棄するということに他なりません。組織であれば、仮に決断しないことが良い結果を生んだとしても、教訓は何も得られないでしょう。また、メンバーの士気が落ちてしまいます。何か当てがあって「それまで待つ」というならば立派な決断なので良いのですが、そうでなければ最悪「ジリ貧」になって選択肢が無くなってしまうかもしれません。

決断が大失敗を招いた時に、間違った行動の責任を取るのは大変です。しかし反省という苦い果実を得て、次の成功の糧にすることはできます。
また、積極的な失敗を許す、寛容な環境を作ることも大切なことでしょう。

えらそうなことを言いましたが、私自身が決断を伸ばすタチなので、戒めとして毎日思い起こしています。