2023年5月のことば

叱ってくれる人を持つことは大きな幸福である

子供のころ遊びに熱中して帰宅が遅くなり、ひどく叱られたのを覚えています。私の父はそのころ厳しかったので、夜更けまで家に入れてもらえませんでした。泣きながら冬の夜空を見上げて永遠とも思える時間を過ごしましたが、今振り返ると、それ以降は後で叱られることがないか考えて行動することが増えたように思います。

叱られて喜ぶことはありませんが、褒められたときとはまた違った成長があります。叱られて初めてわかること、そして内省することがあるからです。新たな気づきが生まれるということです。

しかし叱られた時に言い訳に終始すると、そのうちに誰も指摘をしてくれなくなります。
見放されるということですね。
年齢を重ねるとなおさらで、そのうちに間違ったことをしても自分だけが気づかない「裸の王様」になってしまいます。ネットや書籍では「叱り方」と同じくらい「叱られ方」のテクニックが紹介されています。私はそれを参考にして、気持ちよく叱られることを心がけています。
(できているとは言いませんが・・・。)

ただし残念なことに、大声でどなったり、叱りではなく怒りをぶつけたりする人もいます。心理学的には、それは自信のない人が優位に立つために相手の立場を下げようとする行為で、マウントをとると言うのだそうです。そんな時、私は同じ土俵に立って感情的にならないように心がけています。
(これも、いつもできているとは言いませんが・・・。)