お店へ買い物に行って、店員さんの言葉に違和感を覚えることがあります。
「千円からお預かりします」・・・千円渡したのに、そこからいくら預かるのか? ここは「千円お預かりします」でしょう。
「これでよろしかったでしょうか」・・・確認ですから「これでよろしいでしょうか」なのでは? いや、「これでいいですか」で十分な気がします。
昔は若者の「ら」抜き言葉がよく指摘されましたが、近年は「奇妙な」敬語を無理して遣っているように思えてなりません。店員さんは大まじめですから、気の毒にさえ思えてきます。
「させていただきます」もよく耳にします。とても好きな表現なので私もこれまでよく遣ってきましたが、日本語・フランス語教師の野口恵子さんによれば、この言葉は要注意なんだそうです。
「させていただく」は本来、私が何かをする、それはあなたが許可してくれたからだ、そのことを私はありがたいと思っている、という意味を込めて使われるものだ。(中略)
問題視されるのは、やはり「紋切り型」で、往々にして「慇懃無礼」だからだろう。
野口恵子著『バカ丁寧化する日本語』
「させていただく」を濫発されると不快になるのは、形式上私の同意を得たことになっているからなのですね。私はこれまで深く考えずにいました。冒頭偉そうなことを言いましたが、店員さんの「千円から」を責める資格などありません。日本人の謙虚さを象徴する言葉ですから、今後は相手への敬意を込めて適切に遣いたいと思います。慇懃無礼にはなりたくありません。
上記の本にも書かれていることですが、今の社会は、必要以上に丁寧な言葉をマニュアルに詰め込んで、盲目的に強制しているのではないでしょうか。それならば、店員の言動が気に入らないとすぐに「店長を呼んで来い」とクレームをつける私たちにも責任があるのかもしれません。
私は同じことを伝えるのなら、できる限り簡素な表現が良いと思っています。少しくらい粗野であっても、相手の目を見ておだやかに話せば大抵のことはそれで済むはずです。表現は簡素に、表情は豊かに、心をこめて。
これはもちろん自分への戒めです。


