私は贈り物を選ぶのが苦手です。相手の好みよりも自分のオススメをつい選んでしまうのです。しかし妻は相手が喜ぶであろうことを第一にして選んでおり、実際喜ばれています。選んだ理由を聞くと、必ず相手の好みや状況が返ってくるので、よく覚えているものだといつも感心しています。ただ買物にはとても時間がかかります。一生懸命に考えているからでしょう。
昨今では何かにつけて「簡素化」や「合理化」が幅をきかせています。本当に大切なものを守るためには、必要なことなのかもしれません。ただそれが行き過ぎて、残すべきものまでバッサリ切り捨てられているのではないかと心配になります。
そのひとつが「おつきあい」。親戚や近所との関係がとても希薄になりました。時間やお金をかけるだけのメリットがない、そして煩わしいというのが理由でしょう。
「年賀状じまい」も流行っています。年賀状を書くときには、去年いただいた年賀状を見ながら相手のことを想像します。年賀状を止めるということは、おつきあいのあった人を思い出す年に一度の機会をなくすことですから、私には抵抗があります。また、私にとって大切に思っていた人から「おしまいにします」と言われると、その程度に思われていたのだと残念な気持ちになってしまいます。いくら「今後はSNSでお付き合いください」と言われても、釈然としないのです。
人間には自分自身の中で紡ぐ物語が必要です。これを「ナラティブ」と言います。なくても生きてはいけますが、人生を心豊かに送るために大切なものです。贈り物を選ぶ、親戚を招く、年賀状を書く。相手の喜ぶ顔を想像しながら準備をする時、私たちの心には幸せなナラティブが作られるのです。「おつきあい」を簡素化すると、確かに時間やお金は節約できます。しかしそれ以上に、他人とのつながりを感じる幸せが減ってしまうデメリットの方が大きいのではないかと、私は最近思うのです。


