2025年6月のことば

かねでかえないものを わたしにください

わたしが願う「ほんとのきもち」とは何でしょうか?

今の気持ちは「にせもの」で、わたしはそれに耐えられないのでしょう。また、神様にお願いしないと手に入らない、自分の努力だけでは得ることが難しいものなのでしょう。さらには持つことによって、もっと苦しくなるかもしれないものです。

「わたし」は自分を偽って生きているのかもしれません。
この詩を読んで、私は教員時代にトランスジェンダー の生徒がいたことを思い出します。

トランスジェンダーは、当時は「性同一性障害」と呼んでいました。出生時に割り当てられた性別と、自身で認識している性が異なる人のことを指します。

男として生まれてきたのに、それが苦痛でたまらない。校則に従って短く切った髪を鏡で見るたびに吐き気がする。女になりたいと願っても、家族や友達に言ったなら、それまでの関係が壊れて偏見の苦しさを味わうかもしれない。そんな悩みを抱えていました。
彼は結局、勇気を出して打ち明けました。自分を偽ったままでは、「わたし」がみんなと生きていることにはならないと思ったからでしょう。当時学校が対応できたことは限られていましたが。

トランスジェンダーほどではなくても、私たちは周囲に合うよう多かれ少なかれ自分を偽り生きています。
好きな人に嫌われたくないから、したくないことをするときがあります。組織や家族を守るためと自分を納得させて、してはいけないことをするときもあります。友人の幸せを喜びながらも、内心では嫉妬を感じている自分を恥じることもあります。

「ほんとのきもち」に向き合って生きることはしんどいことですが、私が「わたし」になるためには忘れてはならないことなのでしょう。もし悩んでいる人が周囲にいたならば、たとえ解決することはできなくても、苦しまなくていいよと自分のことのように接したいと思います。