「闇があるから光がある」
この言葉を見て、私は次のように受け取りました。
「この私の心の闇が深いから、この私を救うために、仏は存在し、慈悲の光を放ってくれる。」
そして親鸞聖人のことばが思い起こされます。
弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なりけり(歎異抄)
話は変わりますが、レーザー光線というものは直進性が非常に高く、拡散せずに進みます。私だけを目指して、この私だけを照らすために、真っすぐに光がやってくる。親鸞聖人にとって、阿弥陀仏の慈悲の光はこのように見えたのではないかと妄想します。
私は小林多喜二の著作を読んだことがありません。私の解釈は作者が本来言いたかったことから離れているとは思いますのでご了承ください。


